あえてタイトルを付けるならば、im@s架空戦記のジャンルSF 16

一振りの刃が、得物を捕らえられず、啼く。
湿った腐葉土で、その音は聴こえないはずであった。この小さな空間の外での音など、まず動物の寝息さえ聴こえないのである、が。
――それでも、その一振りは、殺意という見えない何かを含み。であるからこそ、錯覚を与えるのだと、彼女は覚えた。
『な……んだ、アレは』
マスターが、誰と指定するわけでもなく、空に向かって問うた。まるで、神へ慈悲を欲するかのように。
少女の眼前にも、それと同じ光景は存在した。むしろ、リーダーであるマスターよりも見通せる、特等席であった。
黒獅子の照らすライトで光る、後方へ下がる紅き機体。スリムな体形をだと思いきや、それが屈む様は、穿つために用意されたような、産まれもっての肉体美。
が、その連なりよりも、彼等が気にするのは――
「何あれ……?」
後ろで待ち構える桃白の機体であった。
背にはマントのような布を纏い、それに覆われた箇処から抜き出た左腕には、指揮棒のような物を握っている。
ソレは、屈んでいるとはいえ紅い機体より二回りほど大きく。その棒は小さいといえど、この黒獅子ほどなのではないか、と伺える。
その体躯。そして、その異形。
「あんなの……みたことない……」
ただ、一つだけ。この小隊が理解できることがある。
敵。
その、シンプルな解答。だが、今はそう捉えるしかない。
『全員、地網を装備。攻撃に供えろ!』
慌てるように、マスターが放つ。皆がそれに目覚め、一斉に地網というナイフを引き抜いた。
同時、その咆哮が、振動となって鼓膜に伝わる。
身構え、警戒を含めた中腰の姿勢で臨む。小さな刃一振りに対し、相手は長物のレイピア。彼等が選択したのは、特功ではなく受身のカウンターだ。
来い。
それを伝えるかのように。口の中の唾を、音を立てて飲み込んだ。
『――――来るぞ!』
マスターが吼える。
視界を、敵機だけを捉えるために与える。
そして、わかりやすく変化は起こる。
火力の分散。
銃弾は3又に裂き、その鉛を元の形に戻さんとばかりに、収束を目指していた。
その場所に、彼等が居る。なんともわかりやすい図だ。
「……っ!」
先に銃弾を浴びたのは、先頭の春香であった。
ギリギリのところでレイピアを躱す。けれど、その鋭利な刃は、穿つことはせずとも、擦り傷という明確な被害を与えていた。
その擦れた音に対し、反射的に地網を振り回す。避けることを優先してのカウンターだ、無論、それはカマキリに命中せず、空振りに終わるのがみえていた。
だから、敵機へのダメージは一切ない。次の機体が春香を襲うこととなる。レイピアは肩を仕留め、削ぐように鉄の防具を破壊した。
その刹那的な破壊の刻、休憩を挟む間もなく次の機体が春香を仕留める。それに対応仕切れず、無様にも背中を見せつけていて、
『させるかよおおおおおおおおお!!!!』
命中よりも速く、男の咆哮が響いた。それは騒音と呼べるほどの音であったのだが、この時の彼女に、それは届くはずもなく――
そのため、同時に破砕された、彼の機体の悲鳴など、聴こえるわけもなかった。


全ての出来事は、並行して映されている。
春香が攻撃を受け、仲間の一人が消え去ろうとしている最中、マスターである彼女の機体にも、カマキリは存在していた。
運良く、最初の三機の攻撃を避け、未だ生存していた。けれど、絶望的な場面なのに代わりはない。
――それは、前方に立っていた仲間が既にやられ、それを喰むカマキリが、次にこちらを仕留めようとやって来たからである。
「6体――――流石に連続で避け続ける運はないぞ、自分には……!」
見るに、先程のように一度避けても、元の位置に戻ることはないようだ。
その考えも去る事ながら、1機目が彼女を襲う。
穿つレイピアを右手で弾く。そのまま地網を刺そうと放つ瞬間、2体目が黒獅子の腹を抉ろうと迫る。
瞬動。
臓物を引きずりだされる前に、彼女は身体を反らし、その弾を避けきったようだ。が、そのために、1体目を仕留められずにいた。
3体目が首を狙う。黒獅子にしゃがむというような人間的な動きは行えない。相撲取りとボクサーのような戦い方なのだ、彼女に残された方法は――
――突進しかなかった。
部位一つを失う覚悟で、自ら串刺しを望んだ。望みどおり、黒獅子の胸部が破損する。同時、モニターが赤く変色し、知らせるかのように警鐘が鳴る。
先読みさえ行える知らせを舌打ちで無視。見事、その殺意を回避出来た。
4体目は既に空へと至っていた。
振り下ろすレイピアは、まるで鷹のような勇ましさを誇る。
彼女の頭上に目等存在しない。ならば、ここまで生き延びた彼女の機体はどうなるのか。
言うまでもない。
頭部から見事に、それは突き刺さっていた。



春香の搭乗する機体だけが、その場で取り残されていた。
一人は背中をえぐられ。一人は五体不満足な状態で放置され、そして、風通しの良い機体が、墓標の代わりを務めていた。
春香にとって、それは5分とない現実であった。
体感した時間からしたら、それは1日とも1年とも取れたかもしれない。
9体のカマキリから8本の剣で取り押さえられながら、春香は、その声を聴いた――


――それは、今となっては懐かしく、探し求めていた、愛しい仲間の声であった。