あえてタイトルを付けるならば、im@s架空戦記のジャンルSF 07


闊歩する場内で、自身の履き物は音を生まない。
支給された、雪原用のブーツ。彼女の見た目からすれば、ヒールの方が一層似合うことだろう。だからこそ、無音に不信感を抱くに違いない。
どこまでも白い廊下と壁。彩りは、労働者が映える窓硝子。
彼らは飼われた魚ではない。相手が気付いていないにせよ、見物など、最低の行為だ。
彼女は立ち止まらずに、その廊下を抜ける。そして、一つの扉へと行き着く。
談笑なんてモノは聞えるはずもなく。ここはパーティー会場ではない、開催前の従業員室の方が、よっぽど似合う。
「――ご苦労様です、マスター」
彼女が扉を開くや否や、皆が皆、こちらを向いて立ち上がる。ある者はバラした銃の手入れを止め、ある者は読みかけの小説に、栞を挟まず投げ捨てる。
見慣れた光景であり、帰ってきたという、安心感さえも生まれる。
――そんな、静寂すべき場所に、ある音が響いた。
それは物が落ちる音だ。焼夷弾のような物騒な音というより、ステンレスの軽快な響き。
「おい! 春香!」
一人の男が、その方向を振り向いて吼えた。
突然の咆哮に、ビクついて、春香と呼ばれた当人が呟く。
「……ご、ごめんなさい!」
慌てて、その場で頭を下げる。
すると、今度は机の上にあった器具に頭をぶつけ、鈍い音が、入り口前の彼女にも良く聞えた。
「ひたっ!」
痛みで頭を摩り、悶えながらも、そのまま礼をする作法は守る少女。
彼女はそれに釣られて、少しだけ微笑んだ。
「まぁいい……周りには気をつけるのよ。春香」
左手で制し、空いた方で自身の上着を整え直す。その二つの動作で、二つの視界に紐解くことを促す。
皆はそれで緊張を解き、姿勢を少し崩す。
春香も、その状況を感知し、先程の言葉に返答する。
「あ、はい。マスター!」
全員が腰掛け、それと同時に、彼女も一つの席に身を預ける。
春香はそれを一瞥し、先程落とした半球体の容器を掬い上げる。小さく「勿体なかったな……」と泡立つ物を指で一舐めすると、そのまま流し台へ持って行く。
そんな少女を見つめていると、彼女の方の場面も動く。
「マスター。それで、了承されたのですか?」
顎髭の男が問うた。彼は私の隣に座り、両手拳を作りながら、こちらへと身体を向けている。インタビューを受ける作家のような風采である。
彼への返答を返そうとする。が、その前に、一人、気付かせるように身体を動かす。
「マスター」
片手を挙げ、まだ何も言っていないのに、異議でも申し立てるような仕草だ。
「……なんだ」
私は少し低い声で答えた。別に遮りに対し、怒っているわけでもない。長としての威厳、という奴を出したくなったのだ。
「い、いえ……申し訳ありません」
上出来だ。
「良い、何かあるなら先に聞こう」
少し背を深く預け、自らの足を組む。顎髭の方はあまり良い気分でないようだ、彼等はあまり仲が良くないのか、もしくは突然の探訪者が空気を読めないか、だ。
腰掛ける小隊の多数が、彼の方を向く。愚問であるが、私も同じだ。
「その、これは公表されていないそうですが。美浜で発見された71つ目の穹窿穴……調査に向かっている隊は、私達が最初ではないそうです」
言い終えると同時に、マフラーにダッフルコートを着た女性が、挙手と同時に発言する。
「厳密には、最初に調査をした都本部。繭と呼ばれる者をを発見した日雇い労働者…全滅したけれど、第一陣が居たのは記録されてる……」
さぶ……と、発言を終えると同時に彼女がマフラーで口を隠す。今のところ、年中砂漠のこの大陸で、寒さを感じることはないはずなのだが……。
「そ、そういう意味じゃないんですよ。最近になって、私達と同じ任務を与えられた隊が、他にもいるんです。それに――」
ガタッ、と、かき消すように、誰かが音を発生させる。
先刻の顎髭の男である。彼は立ち上がると同時に、深く息を吐いた。
「……清水准尉、前置きは言いから、さっさと核心的なことを話せや」
机に衝撃を与えた弾みで落ちた、解体途中の拳銃を拾い。それを、改めて机の上に置いた。
横目で睨んでいるのかも知れない。彼女の場所からは、それを窺えないので、確証はない事であるが、事柄から安易に想像出来る仕草だ。
「……つまりですね――成功すれば良い任務、ってことですよ」
顎髭の方を見て、清水が突き付けた。
「ほぅ」
彼はというと、答えたというより、漏してしまった、と、言った方が良い返しであった。
「話してみろ」
言うのは顎髭ではない、私自身だ。
「今回で導入された小隊は、おおよそ6隊。内、帰還した隊は0。人員だと3名。上層部は話していないようですが、確実に”何か”がいるのか。もしくは別の……」
「その情報源は?」
清水が言い終える前に遮る。
「……これといった人物が居るわけではありません。あくまで、一個人での調査によるものです」
そこで区切るのだろう、清水が口を噤み、その場に立ち尽くす。
私は「ありがとう」と、一言告げ、彼に腰掛けるよう問う。先程の読めなさとは異なり、瞬時に反応したようだ。
刹那、重りを乗せた梃子の秤が如く、弾むように掬い上がる者が一人。
――顎髭の男である。
「先に死んでようが、後に死のうが。そんなことはどうでもいい。人権なんてないような国だ、今更、命乞いなんてしないさ」
訴えかける発言である、光ある舞台ならば、両手を広げて高らかに話す台詞だ。
けれど彼は、依然として座ったままであった。どっしりとした身体が、岩のようだとも思える。
例えた無機物ようだと、自身で言うのだ。
「俺が聴きたいのは……マスター、命ある貴女が、どういう判断をしたか、だ」
振り出しの台詞を引き出したのだろう。彼は最初から、これだけを言いたかったのだ。
言い訳や御託を並べる風呂敷なんて畳み、薦める一点だけを。と、店主であるマスターを信じているのだ。
「……どう言うか、分かっているんだろう。お前には」
彼は試してなどいないのだ。既に答えは知っている。後は「そうだ」という後押しが欲しいだけ――。
「本作戦を、私は受理した。この小隊は、明日より繭の回収任務に取り掛かる」
全員がこちらを見る。貫く視線だ、兵士として、上々である。
先程まで清水が説明したこと――それらを踏まえるのならば、事は慎重に動くものなのかもしれない。
けれど、先程のは情報の一端でしかなく、あくまで、マスターの決断を揺らがせるものではない。
彼等としても、数パーセントでも命を長らえたいはずだ。そうという意見なのであれば、清水は真っ向から反対することであろう。
「……だが同時に、一つ、皆に話すことがある」
しかし、彼の目は――今すぐにでも旅立てるような、そんな決意の塊であった。
「私の持つ情報全てを話そう。そして、本作戦の内容を説明する」










思ったより長くなってしまった……
もうちょっと過去編です