あえてタイトルを付けるならば、NovelsM@sterのジャンルミステリー 01

転結における倣わしとして、私はまず、ある死体について語らなければならない。
なんてことない、ただの人身事故。自殺、といった方がわかりやすいかもしれない。
その挽肉が男性だったのか女性だったのか、私にとって、性別なんてどうでも良かった。ましてや、あの状況で特定なんて出来るわけがない。
顔には滑稽なくらい見事に車輪の形跡。台風で変形した傘ような四肢。血と、臓物独特の液体が、吐瀉物のように溢れ落ち。
それは紛れもなく、醜悪な堕天使であった。
悲鳴、罵声、そして時には歓声が。
人がモノになり肉塊へと一瞬で変貌する、その感覚。
ただ、目の当たりにする「死」に対しての畏怖の強大さ。それを、実感したこと。
ハッキリいって、ゾクゾクとした。こう、背中に冷たい何かを当てられた感覚。覇気のない死体が、私に負ぶさってくるような。
背徳と同時に、これが性癖なのだと痛感した。
つまり。
――私は、そういった死体に興奮する、変態だということだ。





4454――序章


「お疲れ様」
私の目を視ながら、彼女は言った。
「……お疲れ様」
私はあからさまに嫌そうな顔をして、返事をした。
互いに理解を示しているからこそ、次に紡ぐ言葉は互いになかった。
結果的に、二人は別々の場所を視ることとなる。私はソファに腰掛け、彼女は給湯室を目指した。
私――水瀬伊織は、彼女、如月千早のことを快く思っていない。
それを語るには、私の空き時間は短すぎ、かといって端的に纏められる事象でもなかった。
私はアイドルだった。だから忙しい。彼女もアイドルであった、だからこそ私は、嫌な相手だろうとすれ違い、挨拶を交わさなければならない。
「はぁ……」
伊織が肘をソファに預ける様は、自らの国の情勢に憂う女王のようであった。
赤い敷物でも踏み付けていれば、想像は大いに膨らむのであろうが。この弱小プロダクションで、そんな贅沢品があるはずもなく。
そのため彼女が啜るお茶も、インスタントの粉末タイプであった。
「何か悩み事? 歌のことでだったら、相談に乗れると思うけど」
珈琲を完成させ、後ろで千早が告げた。
溜息の当人に、心配されるとは思っていなかった。
伊織は、振り向きもせずに返答する。
「なんでもないわよ……いいからアンタは、今度のオーディションのことでも考えときなさい。からっきしダンスはダメなんだから」
そして奇しくも、伊織は千早と同じユニット、デュオで活動をしていた。
苛立つわ……。
なぜ千早が同じアイドルで、こうも同じように日常を過ごしているのか、伊織にとって、それが一番の憤怒と苦痛であった。
如月千早というアイドルは、歌声は天上の囀りとさえ言われ、シンガーでデビューしていないのが不思議がられるほどの実力持つ。今では有名な、武器の通り名だ。
幾度の時間を千早と過ごしていて、いつしか伊織はそれを認めていた。むしろ誇っている、その歌声に関しては、だ。
彼女の苛立ちは、そういうことではなく――
「――――あ」
時間だ。時計は2時半を指す。伊織達二人は、これから営業に向かわねばならない。
「……行くわよ、千早」
伊織がゆっくりと重い腰を上げる。10代の割に、どこか老練な様が投影される。
対し、千早は哀しげな顔を見せ、
「珈琲……まだ1口しか飲めていないのに……」
濁る茶色の液体に、憂いを見せていた。
「いいから! ほら、遅刻するわよ!」
「……」
無理に千早の左手を引っ張り、伊織は進むことを強制した。
その姿はまるで、散歩帰りを渋る犬と、早く家路に就きたい飼い主のような光景であった。