あえてタイトルを付けるならば、NovelsM@sterのジャンルミステリー 02

4455


昼下がり。
すれ違うのは営業周りのサラリーマン、買い物途中の主婦、寄り道で歩き回る学生達。
伊織と千早は、無邪気に走りまわる小学生の後を追うように、小走りで進行していた。
「あーっ、もう! タクシー代くらいケチるんじゃないわよ、うちの事務所は!」
伊織が時間を気にするには、それはもう涙ぐましい理由があった。
それは、「お金がないから、交通費は電車で(秋月律子より)」という乏しいが故の選択肢。
つまり、伊織が気にしているのは日が落ちる方角ではない、搭乗すべき列車の、発車時刻であった。
「ほら…千早。ちゃんと、定期券を、先に出しとくのよ……!」
ピッ、と、自らが手に持つカードを見せる。伊織が持つそれは、チャージ式のスマートカードである。
「そんなことより……大丈夫? 息が切れそうなくらい、とても苦しそうに見えるけど」
平然とした顔で、千早が、先導する伊織の顔を覗き込む。
明かな体力の違いを見せつけられ、伊織は愕然とする。
知り得てはいても、何処か、敗北感を味わった。
「だ、大丈夫よ! いいから、急ぐわよ!」
既に、目的地である駅は間近であった。ラストスパート、伊織の心臓は鼓動を上げ、力みすぎた腹筋は、密やかに悲鳴を上げる。
伊織の告げた言葉に、力強く頷いた千早は、伊織の側を離れ、一人で先へと向かう。
「はぁ…はぁ……」
なんなく到着した千早は、一瞬だけ此方を見つめ、そのままエスカレーターに足を踏み入れ。
――そのまま、姿を消してしまった。
「ま……待って、置いてくのだけは勘弁して……」
その景色で、完全に力を失った伊織は、その場で膝に拳を置くこととなり。
そのまま、息を整える作業に入ってしまう。
「も……もーうっ!」
そしてそのまま、大きく両手を挙げて叫んだ。




「悪かったわよ……!」
千早の速度でなら、なんなく間に合った電車を逃し。二人は、次に来るのを待っていた。
壁にもたれかかる千早を上目遣いに見ながら、その場でしゃがみ込む伊織は、謝罪の言葉を放つ。
「仕方ないわよ……間に合わなかったのなら、次を待ちましょう」
幸い、次のに乗れれば二人は約束に間に合う。ギリギリではあるが、仕事に遅刻をするよりはマシだ。
時間的に、お仕事帰りの人々の殺到と被ることなく。遠くのビルまで見通せる、がらんとした風景が映っていた。
そこから切り取る場面は、晴天と言うには色濃く。白というには淀んだ世界であった。積乱雲を汚すのは自らの眼のフィルターか? いや、どちらかといえば、この都会の空気こそが薄汚れたものなのだと感じる。
余暇を楽しむ主婦達を横目に、伊織はその千早の言葉で、無言を貫く。
決して千早は何も言わない。だから互いに会話は生まれない。
話題を振れば、千早は受け答えをするが、伊織が頑な以上、二人には何もないのが常套であった。
それでも、二人はアイドルとして、互いに行動をしている。
「あ…」
誰かが、何かを呟こうとして。けれど、突然の音によって遮られる。
通過する電車に、人々は得に気にも止めず通り過ぎる。
それが見送るためのモノだと知っているからだ。搭乗すべき電車が止らないわけがない、という考えがいつしか存在し、止らないのであれば、それは記憶に残すことさえ烏滸がましい飾り玉。
故に誰も気に止めない。アナウンスは既にそのむねを伝えている。
伊織にとっても、それはただ通過した一本にしか過ぎなかった。
――その、はずであった。
『まもなく、電車が参ります。危険ですので、黄色い線の内側でお待ち下さい』
不可思議なファンファーレと共に、独特の口調で知らせが響く。
右足を壁に預け、腕を組んで下を覗く千早に、伊織は。
「そろそろ、ね。行くわよ千早」
意気込んで眉をつり上げる伊織に対し、千早は、
「……そんなに座りたいの?」
微笑みと共に、冗談交じりにつっこんだ。
対し、伊織は顔を真っ赤にして。
「二駅しかないのに、そんなことに真剣になるわけないでしょ!」
もう、と今度は苛立ちで、眉をつり上げる。そして翻り、千早に背中を向け、
「きゃ、きゃあああああああああああ」
――けれど、その突然の叫びに、伊織はすぐ、千早の方を振り向かざるおえなくなった。